間違いなく電報の文章を伝えるために「朝日のあ、いろはのい」などといいますが、これを全部覚えて実際に使った経験がある人は少ないでしょうね。
通信事情が圧倒的に良くなった現代では、まず使う必要性がありません。
わたしが使ったのは、50年ほど昔の昭和45年頃の話です。
山小屋の電報係として使いました
その時わたしは、山小屋でバイトをしていました。
北アルプスの槍ヶ岳山荘、通称、肩の小屋と言われる大きな山荘です。
7月後半から8月の夏山のシーズンには、全国から学生のアルバイトが集められます。
わたしもその一人で、約1ヶ月山小屋に住み込みでバイトをしました。
1ヶ月間入浴なしです。
女子は、週一くらいで下の小屋での入浴が認められていましたが、男子はまったくなしでした。
それほどに、水が貴重なんですね。
今では、山荘内でWifiの提供もあるようですが、当時の山小屋からの連絡は電報でした。
宿泊客が申込用紙に電文を書いて、スタッフに電報の発信を依頼します。
わたしがこの電報の受付業務を担当していました。
宿泊客から渡された電文を、電話で電電公社に伝えるのがわたしの役目でした。
この当時はまだ民営化されていないので、NTTではなく電電公社でした。
電報と言っても緊急性のあるものはなく、ほとんどが槍ヶ岳登頂記念のようなものです。
目次に戻る通話表って言うんです
電報係になって渡されたのが、「朝日のア、いろはのイ・・・」の『通話表』です。
伝説的に伝えられている笑い話がありますが、たぶん作り話でしょう。
それは、以前のバイト学生が
「トマトのト、トマトのマ」
と言ったという話です。
ちゃんと覚えたつもりでも、最初の頃ははつっかえつっかえでしたが、毎日こなしていると、かなりのスピードで淀みなく喋ることができるようになりました。
例えば、
「イマヤリガタケニイマス、12ニチニカエリマス」
最初に、電文を通しで読みます。
続いて
「いろはのイマッチのマ大和のヤりんごのリ為替のカに濁点煙草のタ景色のケ日本のニいろはのイマッチのマ雀のス区切り点数字のひと数字のに日本のニ千鳥のチ日本のニ為替のカ英語のエりんごのリマッチのマ雀のス」
と言う具合です。
ちなみに、「日本のニ」は「にっぽんのニ」であり「にほんのニ」では間違いです。
今思えば、こんな事をしなくても、わたしが電文を通して読み、電電公社の人が復唱するように読み返してくれれば、間違うようなことはなかったと思います。
でも、まだ学生の時でしたから、なんか、自分が通信のプロににでもなった気分で得意になってやっていました。
ふと昔のことを思い出して、あの『通話表』は槍ヶ岳山荘独自のものだったのだろうかと気になったので調べてみました。
すると、驚いたことにれっきとした法律だったのです。
電波法で決められた朝日のア
大元になるのは電波法 (昭和二十五年法律第百三十一号)です。
電波法を実施するための法律として電波監理委員会設置法(昭和二十五年法律第百三十三号)が作られ、この細目を定めたのが無線局運用規則なのです。
無線局運用規則
(昭和25年11月30日 電波監理委員会規則第17号)
(最終改正:平成24年3月30日 総務省令第23号)
第十四条
3 海上移動業務又は航空移動業務の無線電話通信において固有の名称、略符号、数字、つづりの複雑な語辞等を一字ずつ区切つて送信する場合及び航空移動業務の航空交通管制に関する無線電話通信において数字を送信する場合は、別表第五号に定める通話表を使用しなければならない。
日本語の通話表は次の通り
別表第五号 通話表(第14条関係)
1 和文通話表
文字 | ||||
ア 朝日のア | イ いろはのイ | ウ 上野のウ | エ 英語のエ | オ 大阪のオ |
カ 為替のカ | キ 切手のキ | ク クラブのク | ケ 景色のケ | コ 子供のコ |
サ 桜のサ | シ 新聞のシ | ス すずめのス | セ 世界のセ | ソ そろばんのソ |
タ 煙草のタ | チ ちどりのチ | ツ つるかめのツ | テ 手紙のテ | ト 東京のト |
ナ 名古屋のナ | ニ 日本のニ | ヌ 沼津のヌ | ネ ねずみのネ | ノ 野原のノ |
ハ はがきのハ | ヒ 飛行機のヒ | フ 富士山のフ | ヘ 平和のヘ | ホ 保険のホ |
マ マツチのマ | ミ 三笠のミ | ム 無線のム | メ 明治のメ | モ もみじのモ |
ヤ 大和のヤ | ― | ユ 弓矢のユ | ― | ヨ 吉野のヨ |
ラ ラジオのラ | リ りんごのリ | ル るすいのル | レ れんげのレ | ロ ローマのロ |
ワ わらびのワ | ヰ ゐどのヰ | ― | ヱ かぎのあるヱ | ヲ 尾張のヲ |
ン おしまいのン | ゛ 濁点 | ゜ 半濁点 | ||
数字 | ||||
一 数字のひと | 二 数字のに | 三 数字のさん | 四 数字のよん | 五 数字のご |
六 数字のろく | 七 数字のなな | 八 数字のはち | 九 数字のきゆう | 〇 数字のまる |
記号 | ||||
ー 長音 | 、 区切点 | └ 段落 | ( 下向括弧 | ) 上向括弧 |
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英語もあるんですね。
わたしは使いませんでしたが、英語ではフォネティック・コードと言います
2 欧文通話表
(1) 文字
まとめ
得意になって使っていましたが、今となっては懐かしい思い出です。
現代用語で、作り直すとしたら、用例は大きく変わることでしょう。
まず、『煙草のタ』に批判が集中するでしょう。
代わりに、『たぬきのタ』か、『田んぼのタ』か、『太鼓のタ』か、『他人のタ』か
なかなか、悩んでしまいますね。
あれこれ考えて、現代版を作るのも楽しそうです。
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